"「当局」の意向は、もちろん「増税」を国民に納得させるために危機感をあおっているわけで、(さすがに)本当に国債の暴落を望んでいるわけではないはずですが、その行為そのものがヘッジファンドに「有望なチャンス」を提供しているのです。「有望な」とは、リスクに比べて「最大収益」がとんでもなく大きくなる可能性があるものです。 「当局」なり「当局」の意向を受けた野田政権がいたずらに日本国債が暴落すると危機感をあおり、国民資産で問題なく消化されているなどの「主張すべき事実」を国内外に向けて「意識的に伏せている」ため、本来なら問題なく退治できるヘッジファンドに(今のところ僅かではあるもの)「勝算」を提供してしまっているのです。 もちろん、そうなった時に儲けるのは海外のヘッジファンドで、最大の被害者はいつものように日本国民です。つまり官僚による「省益」を「国策」に優先する行為が引き起こしてしまっている「危機」で、当然著名ヘッジファンにはこの辺も「見透されて」いるのです。 「当局」にとって「国民の利益を守る」と「海外から日本を守る」が、せめて「官僚の利権を拡大する」と同じくらい重要なことを認識してほしいのです。"
"薬師院やら香山リカやらの「ついてゆけないひと」は、少数を切り捨てる勇気をもてないかわいそうなひとだ。 少数を切り捨てるというだけでおそらく「大問題」になるのだろう。 結果、多数の最適化がとれないことになっても、それ自体にも不満をもつのでおんなじだ。 これが日本の縮図で、けっきょく、「ついてゆけないひと」というのは「決定できないひと」のことなんだ。 決定するための判断軸が多すぎて、しぼりこめないのだ。 だから、決定するひとが現れると、「保証」を要求する。「保証」がないと前に進めない人間なんだ。 橋下市長があたらしいことを打ち出すだけで恐怖し安全かどうか担保をしろという彼らこそ「モンスター」にちがいない。 その許容範囲のひくいひとたちが、まいとし首相を交代させているのが日本だろう。 政治の問題は国民の問題ではないか。"
"水際作戦に終始する不毛な自殺政策に134億円もの予算を使うのなら、いっそのこと自殺志願者先着3万人に、自殺を思いとどまれば45万円ずつ配ると宣言するほうがまだマシだ。"
"構造的に「結論先にありき」を許す構成なのは、霞が関の審議会の常套手段であり、社長のイエスマンだけで異論が出ないようにしてきたオリンパスの取締役会や監査役会などと、まったく同じなのだ。オリンパスのガバナンスを云々する資格が、東証の自主規制法人にはない。"
(via deli-hell-me, nusari)
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びっくりしたのは、この時点でのダイエーの目標が「2010年までに物価を二分の一にする」というものだったんですね。現在、日本は「デフレ」であるとされていて、デフレを克服するためにマイルドなインフレを起こさなければならない、といった論調も目にするんですが、もともと狙ってやっていたのか!という感じです。なぜ物価を下げなければならないか、というと、日本の生活コストが高すぎるからだ、という認識です。ボーダレスになってきている経済において、生活コストが高いと競争力を失います。
すなわちそれは、日本は、競争力をもつためには、他の先進国よりもコストが高くてはならないという認識です。 そして、いかなる国においても、最大のコストは賃金ではありません。それは、賃金によって買うもの、すなわち生活コストです。この点において、今日の日本には競争力がありません。
こういう認識があったというのは驚きでした。そう考えるとユニクロにせよニトリにせよドンキにせよ100円ショップにせよ、生活コストを下げる手助けをする企業が受け入れられているんだな、という感じですね。偉い学者の先生が何を言おうが、現実の社会ではグローバル競争に耐えられるように自ら変化していっているんじゃないでしょうか。
""たとえば、行政を広域で展開することになぜ反対するのかが現地にいると理解できません。大阪市と大阪府は、いやもっと京都や阪神間を含めると兵庫県まで、実際の経済や社会は、広域化しているのが現実です。たとえば、モノづくりの拠点は東大阪市や守口市、門真市に集積し、コンビナートなどは堺市に集積しています。都市機能として、大学や研究機関の存在も欠かせませんが、実際には大阪市内はそれらが薄く、大阪府下、また県外に広がっています。IT企業は、大阪市内である新大阪あたりから吹田市の江坂地域にシームレスに集積しています。産業政策にしても、実際にはすくなくとも大阪府の広域でやらないと実効性が薄いのですが、現実は大阪市は大阪市、大阪府は大阪府、近郊都市は近郊都市でやることがバラバラで連携がほとんどありません。大阪市と大阪府の境界など、実際の生活にしても、ビジネスにしても意味が無いのですが、行政だけが分かれているのです。なぜ府と市で一体とする行政組織に変えてはいけないのかに対する心に響く反論がありません。結局は他人ごとなのです。"
"宗教は、矛盾が好きか、矛盾に気づいていないか、どちらかです。過去のある時点で現象世界が創造されたと、また人間が不完全で堕落しているとするならば、その創造者は不完全で、下手な存在と言うのが道理ですが、「神は完全であり、万能である」と言うのです。できた作品に欠陥があっても、作者には責任はない、という態度です。面白いことに、欠陥の責任は作品が負わなくてはいけないのです。要するに、人間が罪の責任を負わなくてはならないのです。もしも人間が幸福に生きられることになったならば、それは断言的に「神の恵み」になります。さらに罪を犯して、不幸に陥ることになったならば、それは神の責任ではなく、「悪魔の誘惑」になる。神の作品をいじる力を持つ別な存在がいるとすれば、その存在は神に管理されない自由なものになるはずです。しかし、その存在も神の支配下にあると言うのです。なのに、悪魔に誘惑される責任は、神は負わないのです。悪魔を何とかしてくれないのです。このように、矛盾に矛盾を重ねて語るのは、宗教の特色です。矛盾を示すことは神に対する侮辱で、大罪なのです。"
"この記事の人たちは「若者の動向に詳しい4人の識者」と言われていたが、実際のところは「若者の本質を理解した識者」ではなく、「若者について、年長者に納得させるのがうまい識者」が殆どだと思う。"
"うまくいかないときのことを話したり、突っ込んだりすると、 批判ばかり言う奴、ネガティブな事ばかり言う奴ってレッテル貼られるんだわ。 それが日本。 俺は4社目にしてやっと、同調して肝心なことは何も言わないのが一番賢いと悟った。 悲しいけどそれが日本。"



