人類の先祖が火を発見したときでも、危険だとかハイテク過ぎて理解できないとかいって火を使おうとしなかった層があったに違いない。しかし頭の良い連中は火で肉を料理したり暖を取ったりしてどんどん繁栄していった。
というか、鳩山ってもう「民意の鑑」だろ
国がどういうものか分からない、可哀想な人には優しくしろ、
官僚は悪い気がする、日米安保は悪い気がする、
自民が日本をダメにした気がする、政権交代すれば良くなる気がする、
——誰かがなんとかしてくれる
こんな感じの、日本人の幼稚な政治観が乗り移った、概念上の存在に見えてきた
私はなるべく「問題」という言葉を使わないようにしています。では、代わりに何と表現するのか。「課題」ないし「改善のための機会」という言葉を使うのです。
二十歳前後の若者が倉庫いっぱいにニンニクを買い占め、それを高値で転売した利益でトヨタの新車を購入したことが報道され、我先にニンニクを買い漁る「にわかニンニク・トレーダー」が続出しているらしいです。
企業たちが、利益を得ると、いつも、私たちは、
それを、資本主義だ、自由(フリーダム)だと呼んでいますが、それは、さかさまです。
それは、コーポラティズム(政府と企業の協調主義)なのです。
軍産複合体、あらゆる特別利益団体です。
そこが、マイケル・ムーアが、完全に間違った理解をしているところです。
彼が、熱心に、活動し、信じているのは、自由市場なのです。
なぜなら、彼は、憲法修正第一条(信教、言論、出版、集会の自由、請願権)を信じています。
彼は、映画作りを正しいと思っています。
事前抑制(検閲)が正しいとは思っていません。
では、なぜ、彼は、資本主義を非難しなければならないのでしょうか?
引っ込み思案や対人恐怖や社会不安を小さくし、対人スキルを使う機会を増やす方法は、つまるところ、恐怖や不安に直面してしかも逃げない(むしろ全身で味わう)ことである。心理療法では、エクスポージャと呼ばれるものだ。工夫はいろいろあるが、これらは逃げにくくするための細部のアレンジでしかない。
わざと失敗することは、「失敗すること」についての恐怖心を小さくする。先に「失敗すること」を回避すればするほど、その恐怖は大きくなる、と言ったが、その逆だ。意図的に失敗に触れることで、そしてその不安や恐怖を味わいつくすことで、ついには不安や恐怖は信じられないほど小さくなる。
それにしてもトップがこんなでもまだ世界第3位の経済大国って、この国の民間の自立分散システムはすごいな。
ある意味、日本経済の底力を見直すいいきっかけになったよ。
イスラム世界には、カトリックなどで見られるような形での宗教的な「権力機関」も特定の「聖職者」も存在しない。イスラム指導者は、あくまでも「学者」であり、神によって定められた「聖職者」ではない。中央集権的なヒエラルキーも、それによってランク付けされた聖職者も存在しない。従って、唯一絶対の統一的な見解というものも存在しない。
経済学では「情報の非対称性」ということが言われますが、いくら情報を開示してもデータを見ない人はまったく見ない。そして、その「非対称性」は「無料でデータを開示する」だけでは全く解消されないものなのではないかと思います。
自ら強力であって、かつ後継者が強力であるという真のリーダーは、一般に信じられている大人物とは、見た目も行動も大きく異なる。カリスマ性なるいかがわしいものとは無縁である。彼らは、勤勉さと献身によってリーダーとなる。権力を集中させずにチームをつくる。操作によってでなく、真摯さによってリーダーとなる
コミュニケーションは私からあなたへ伝達するものではない。それは、われわれのなかの一人から、われわれのなかのもう一人へ伝達するものである。組織においてコミュニケーションは手段ではない。それは組織のあり方そのものである